東京高等裁判所 平成11年(行コ)222号 判決 2000年9月26日
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が、控訴人Aの平成六年分贈与税につき平成八年一月二五日付けでした更正処分のうち、課税価格三八六万七七六〇円、納付すべき税額五一万六七〇〇円を越える部分及び過少申告加算税の賦課決定(但し、平成八年六月三日付け異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
3 被控訴人が、控訴人Bの平成六年分贈与税につき平成八年一月二五日付けでした更正処分のうち、課税価格三八六万七五五二円、納付すべき税額五一万六七〇〇円を越える部分及び過少申告加算税の賦課決定(但し、平成八年六月三日付け異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
4 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二事案の概要
本件は、控訴人らが、平成六年分の贈与税の申告をしたところ、右申告に係る課税価格の計算において、株式の価額が過少に評価されていることを理由として、被控訴人の控訴人らに対する本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分につき、控訴人らの申告額を超える部分についての取消しを求めた事案である。第一審は、右株式の価額につき配当還元方式による評価をすることは合理性を欠き、時価純資産価額方式による評価をするのが相当であるとして、控訴人らの請求をいずれも棄却した。
事案の概要は、次のとおり補正、付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の第二に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
1 原判決九頁九行目の「二五六万六六二六株」を「一五六万六六二六株」に改める。
2 同一〇頁一一行目の「一万七一三四円であった」の次に「(乙一五)」を加える。
3 同二一頁一行目の「評価基本通達に六」を「評価基本通達六」に改める。
4 同二六頁九行目の「目的としてなされたものであること、」の次に「さらに、現物出資による新株発行は、会社が特定の財産を必要とする場合や出資者の便宜を考慮して、財産の出資に対してその価額に相当する株式を与えることを認めたものであり、本来、現物出資による法人の設立の場合、当該法人は、現物出資を受けた財産を基本財産として、独立した経済主体として経済活動を行うべきところ、本件では、ハルキヨは、第一エステートの出資そのものを受け入れているが、出資持分そのままではハルキヨの基本財産とはなり難いものであるから、現物出資により受け入れる必然性が認められず、このことからすれば、ハルキヨの設立は、評価基本通達の趣旨に反し、単に評価基本通達を形式的に適用してハルキヨの出資の価額を低くし、相続税の負担の軽減を図ることを目的としたことは明らかであること、」を加える。
5 同三〇頁三行目の「していないから」を「していないし、控訴人らの主張によれば、相続評価純資産価額方式等による評価額は、配当還元方式による評価額を上回るものというのであるから、評価基本通達を適用するのであれば、本件株式の評価は、配当還元方式によることになり、相続評価純資産価額方式等が適用される余地はないから、いずれにしても」に改め、同六行目から七行目にかけての「評価基本通達一(1)」を「評価基本通達一(2)」に改める。
二 当審において控訴人らが付加した主張
1 本件各処分の平等原則違反
憲法第三章「国民の権利及び義務」の各規定のうち、三〇条は、唯一「国民の国家に対する義務」として国民の納税義務を規定している。唯一の国民の義務であるだけに、国家課税権の行使はすべての国民に対し厳格に平等に行使されなければならない。課税権の行使が国民との関係において、法律であれ、通達であれ、国税庁内規であれ、一定の基準に従ってなされているという事実がある場合には、その基準に従わないでなされた課税処分は、平等原則に違反して違法になるといわなければならない。
したがって、国税庁長官の定める評価基本通達は、その下級課税庁を拘束するものにすぎず、国民を法的に拘束するものではないにしても、下級課税庁が評価基本通達を適用し、それを基準として課税権を行使しているという事実がある以上は、特定の国民には評価基本通達を適用し、他の特定の国民には適用しないとすることは、平等原則に違反することとなり、評価基本通達を適用しないでした当該課税処分そのものが違法になるのである。
ところで、原判決は、相続税法第二二条にいう「時価」の評価方法について、原則として評価基本通達の基準によって評価すべきであるが、その例外として「特別の事情」がある場合には、評価基本通達によらない方法によって評価すべきであるとし、本件においては、「本件株式が将来において時価純資産価額方式による評価額相当で売却できる保証がある」こと、これに加え、「配当還元方式を適用することは、課税上、実質的な公平を著しく損なうものである」から、特別の事情があると判示している。
確かに、相続税法第二二条の「時価」をどのように評価すべきかを巡り、特別の事情がある場合には、例外として、通達に定める基準を基に評価すべではないと判示した一連の裁判例が存在する。しかし、これら事例においては、第一に、必ず取引価額が存在し、納税者が主張する評価基本通達に基づくより低い評価額と、事実として存在するより高い取引価額とを比較し、価額を時価とするのが適切かという問題の構造となっており、結局、右特別の事情とは、当該取引価額が存在するという事実を指しているのである。
しかし、既に主張しているように、本件では取引価額は存在していないのであるから、特別の事情という場合にはあたらない事例なのである。
したがって、本件においては、財産評価基本通達に定める配当還元方式によって評価されるべきなのである。
他方、原判決は、「これを現金で贈与を受けた場合には約二億一〇〇〇万円の贈与税額を納付しなければならないにもかかわらず、本件株式を配当還元方式で評価した場合の贈与税額は約五〇万円にしかならないのであって、・・・配当還元方式を適用することは、課税上、実質的な公平を著しく損なうものである。」とする。
しかしながら、税金を安くしょうと対策を講ずることそれ自体は、違法ではなく、禁じられていることは、法に反することであって、税を安くしようと対策を講ずることではない。法に反しない以上、納税者国民が税を安くなるように対策を講ずることは、憲法二九条一項の財産権不可侵の下において、国民の権利であることを承認すべきである。節税策を講じた者と講じなかった者との税金額に差が生じることとなったとしても、それは国民の権利を行使した者と国民の権利を行使しなかった者との差に過ぎないのであって、差が生じた事実をもって国民の権利を行使した者の不利益に帰すべきではない。
したがって、「実質的な公平」に反することを課税要件とすることはできない。
そして、税務訴訟において、このような法的基準ではない「実質的な公平」の観念を持ち出すことは、裁量課税に道を開くことになり、租税法律主義に反することとなる。裁判所が国民に向かって要求できることは、「法の下における平等」であって、「税務署長の下における平等」ではあり得ない。
2 相続税法二二条違反
およそ、取引相場のない株式についての評価は、上場株式、店頭登録株式などとは違い、一元的評価基準が存在しないのであるから、評価自体が極めて困難である。したがって、その評価をなすにあたっては、まず、当該株式を発行する会社の営業内容、会社の規模、売上高、収益、配当の額、資産の額、将来の収益見通し、将来の配当見通しなどの事実が明らかにされなければならず、その上でこれらの事実に基づく各種の評価手法をバランスよく総合して評価するという手順を踏まなければ、私人間における株式評価を巡る紛争においても、税務訴訟における株式評価においても、説得性ある評価額に到達することはできないものというべきである。
なお、原判決においては、相続税法二二条の「時価」とは、客観的交換価値ないし市場価格と定義しつつ、本件株式は、日本スリーエスないしはセムヤーゼが時価純資産価額で買い取ることが保証されていたから、結論として、本件株式の時価は、課税時期前月末における時価純資産価額方式による評価金額であるとしている。
しかし、この保証の内容は何ら確定されておらず、それにもかかわらず、時価純資産価額方式による評価金額が時価であるとすることは、その前提を欠き、不合理である。
そして、本件における適切な評価方法を検討するに、本件評価会社であるフォーエスキャピタルは、第三者の株式売買事例のない非上場会社であり、本件株式は、同族株主が存在する会社の同族株主以外の株主が所有する株式という一般的な性質のほか、同社は、開業当初から将来株式を公開するとの方針を掲げており、株主募集に際しても将来の公開予定を公言し、応募した株主も、将来のメリットとしてキャピタルゲインを得られることを期待したものであるから、上場株式との比準価格である類似業種比準価格も算定基準の一つとすべきである。また、右株式公開によるキャピタルゲインも、将来における収益を現在価値に引き直す方法によって考慮すべきである。さらに、同社は、経済的価値が著しく制限された劣後株を、常に普通株式より多数発行している。この劣後株を所有する同族株主が評価会社の経営を支配しているが、同族株主は、純資産の増加によるメリット及び配当金の受取という経済的利益を得ることはできない。
経済的利益は、同族株主以外の普通株式を所有する株主に帰属するため、普通株式に関して財産評価基本通達が定める純資産価額法は妥当な評価方法である。株主は、潜在的に残余財産分配請求権を有しているし、同社は、含み資産を多額に有しているから、会社財産を株主個人の所有に移転した場合に発生する税である清算所得に対する法人税(法人税法九二条以下)を考慮せざるを得ず、純資産評価法も無視できない。
また、本件株式を所有する控訴人らは、評価会社の経営に関与できない株主であるという意味で典型的な非公開会社の少数株主であるから、配当還元方式をまったく排除して株価を算定するのは妥当性に欠ける。
このように、フォーエスキャピタルは、評価の観点からすると、ベンチャービジネスという将来性はあるかもしれないが、現時点においては確立しているわけではない企業に投資し、将来における見返りを期待するという事業会社であり、このため、将来大化けして株式の上場が可能であるかもしれないし、逆に倒産してしまうかもしれない(事実は、倒産してしまっている)。つまり不確定要素、不安定要素は避けがたいところのあるかなり特殊な会社であり、単一の評価手法のみによって評価するという方法を採用することは相当ではなく、類似業種比準価格法、収益還元法、純資産価額法、配当還元法の均衡を取って、均等な加重平均が最も正しく、よって、本件贈与税課税時期である平成六年三月三〇日現在における本件株式の評価としては、純資産価格、類似業種比準価格、ディスカウント・キャッシュ・フロー価格、配当還元価格に各二五パーセントずつ配分し、加重平均のうえ、結論として六九四六・二円とするのを相当とする。
3 課税要件の欠缺(本件贈与契約の錯誤無効)
Cは、同人に相続が発生した際における控訴人Aに発生する相続税額の軽減を図ることを目的として、控訴人Aとその妻控訴人Bに対して本件株式を贈与することとし、それぞれ平成六年三月三〇日、各贈与契約を締結した。このため、右贈与契約においては、フォーエスキャピタルの株式は財産評価基本通達に定めがある配当還元方式で評価されることが贈与者たるCにとっては、贈与をなす動機となっていたものであり、受贈者たる控訴人らにとっては、贈与を受ける動機となっていたものである。そして、その契約書においては、「フォーエスキャピタルの一株当たりの価格は、評価基本通達に基づく相続税評価額とし、計算根拠は別紙の通りとする。」と明記され、その添付資料には、本件株式を財産評価基本通達に定める配当還元方式で評価算定する過程が記載されていた。
一方、税理士Dは、控訴人らの贈与税の申告書を作成して、平成七年三月一四日、被控訴人宛に簡易書留郵便により送付したが、これには右契約書の写し等が同封されていて、被控訴人においては、右申告書収受の段階において、右表示されたC及び控訴人ら双方の動機を知っていたものである。
したがって、本件株式が被控訴人によって評価基本通達に定める配当還元方式で評価されず、時価で評価されるときは、控訴人らが納付すべき贈与税額は、それぞれ五一万六七〇〇円ではあり得ず、それぞれ取得価額である一株当たり約一万七〇〇〇円で評価することになれば、贈与税額はそれぞれ二億円ほどに達することは明らかであるから、その場合には、控訴人らにとっては、本件株式の贈与を受ける意味がないばかりか、右贈与によって莫大な損害を受けることになる。他方、贈与者Cにおいても、贈与税額については、控訴人らと連帯納付の義務を負う(相続税法三四条四項)ことになるのであるから、これら三名にとって、本件株式が配当還元方式によって評価されず、時価によって評価されるのであれば、本件贈与契約はしなかったであろうと認められ、いずれも錯誤により無効である。
これによれば、本件においては、贈与税の課税要件たる「贈与に因りて」財産を取得した(相続税法一条の二)とすることはできず、課税要件を欠くから、本件更正処分は違法であり、取消しを免れない。
4 過少申告加算税賦課処分の違法
控訴人らは、いずれも本件株式についての相続税法二二条の「時価」評価をするにあたり、国税庁長官が下級課税官庁に対して全国一律に適用すべきものとして作成して公表している評価基本通達が定めている評価基準である配当還元方式に従って時価評価したものである。そして、仮に、かかる本件株式の評価方法が適法ではなく、時価純資産価額方式によるべきであるとしても、右取扱いは、税法の解釈に関して申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことと同断であり、このような場合にまで過少申告加算税を賦課することは、納税者にとって、不当もしくは酷な結果というべきであるから、控訴人らの評価基本通達に基づく本件申告には、国税通則法六五条四項にいう「正当な理由」があったと解されるべきである。
よって、本件賦課決定処分は取り消されるべきである。
三 被控訴人の主張
1 本件各処分の平等原則違反について
一般に、評価基本通達による評価は、平等原則を実現しようとするものであるが、評価基本通達に定められた評価方式を形式的に適用すると、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害するなど、右評価方式によらないことが正当と是認されるような特別の事情がある場合には、他の合理的な方法により評価することが許されると解されている。また、評価基本通達は、国税庁内部における上位の行政組織から下位の行政組織に対する、評価に当たっての基準及び手続の指示という性格を有するものであって、評価基本通達自体が対外的に法規範と同様の効力を有するものではないことから、控訴人らの主張は失当である。
2 相続税法二二条違反について
この点についても、原判決は、評価基本通達に定められた評価方式を画一的に適用すると、かえって、実質的な租税負担の公平を害することが明らかな場合には、別の評価方式によることが許されると解されるべきであるとした上で、本件株式のように取引相場のない株式の時価を評価するに当たっては、自由な取引を前提とする客観的価格を直接把握することが困難であるから、当該株式が化体する純資産価額、同種の株式の価額あるいは当該株式を保有することによって得ることができる経済的利益等の価額形成要素を勘案して、当該株式を処分した場合に実現されることが確実と見込まれる金額、すなわち、仮に自由な取引市場があった場合に実現されるであろう価額を合理的方法により算出すべきものと考えられるとし、本件株式の評価は、当事者間での取引における価格の算定において採用された時価純資産価額方式による評価をもって、相続税法二二条の「時価」とすることが相当であると判示しているものであって、極めて合理的な解釈であり、是認し得るものであるから、控訴人らの主張は失当である。
3 課税要件の欠缺(本件贈与契約の錯誤無効)について
本来、法律行為たる贈与契約は、贈与者が財産を無償で受贈者に与えることを内容とするものであるから、贈与者が財産を無償で受贈者に与える意思表示をし、受贈者が受諾するという意思が合致すれば有効に成立する(民法五四九条)。一方、右贈与契約にかかる租税は、契約の結果に対して課するものであって、租税関係が贈与という法律行為の要素を構成するものではない。
本件において、控訴人らは、平成六年三月三〇日に、Cとの間で、それぞれ本件贈与契約を締結して本件株式の贈与を受けたのであるが、右贈与契約は、Cが本件株式を無償で控訴人らに与える意思と控訴人らがこれを受諾するという意思が合致して成立しており、そこに要素の錯誤は存在しない。
本訴において、控訴人らが主張する錯誤とは、単に租税回避策上の見込み違いに過ぎず、本来課されるはずの贈与税の負担を著しく減少させるもくろみで本件贈与契約を締結したが、そのもくろみが功を奏さなかったというに過ぎないものである。そして、このような内心における租税負担の見込みは、そもそも法律行為の要素となり得る動機とはいえないし、租税法律関係上、かかる場合についてまで、控訴人らの主張する錯誤を本来の要素の錯誤と同視することによって、法律行為が無効であるとして課税を免れさせたのでは、納税者間の公平を害し、租税法律関係の安定をも損なうこととなる。すなわち、租税は、私法上の行為による種々の経済活動ないし経済現象を課税の対象としているが、租税の賦課は、右経済活動ないし経済現象という結果に対して租税法を適用するという当てはめにすぎないのであるから、租税法適用の結果、当初予想していたよりも重い納税義務が生じることになったとしても、それが私法上の行為による種々の経済活動ないし経済現象に影響を及ぼすことはあり得ない。
4 過少申告加算税賦課処分の違法について
そもそも、本件において、控訴人らは、評価基本通達に従って贈与税の申告をしたというよりは、むしろ多額の贈与税、ひいては相続税を逃れんことを企図し、評価基本通達の定めの存在を奇貨として一連の行動に及び、そして、申告したというに等しいものであり、結局のところ、評価基本通達における配当還元方式の定めを悪用して、贈与税ひいては相続税の大幅な軽減を図ることに拘泥するあまり、本来、相続税法二二条の規定する「時価」の意義を正しく解釈して申告すべきところを没却していたというに過ぎず、国税通則法六五条四項にいう「正当な理由」があるということはできない。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人らの本訴請求は、いずれも理由がないものと判断する。
その理由は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の第三に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
1 原判決三七頁一三行目の「反映されず、」の次に「非支配株主が会社の解散等により株式の純資産価額による清算的価値を実現する可能性がほとんどなくなり、」を加える。
2 同原判決三八頁一二行目冒頭から四二頁三行目末尾までを次のとおり改める。
「4 しかるところ、前示第二の二において認定したところによれば、次の事実が認められる。
(一) フォーエスキャピタルにおいては、常時、関連会社のヤムナーゼ及びその同族関係者の本件株式の保有割合がフォーエスキャピタルの総発行株式総数の五〇パーセント以上になる状態が維持され、本件株式を取得する第三者は、同族株主以外の株主となることから、その株式について、相続、贈与等による本件株式の承継があった場合、評価基本通達をそのまま適用して評価すれば、本件株式は配当還元方式により評価すべきことになり、相続税又は贈与税に係る課税価格の計算上、その価額は時価純資産価額方式により計算した価額より著しく低くなる仕組みになっていたこと、本件株式に対する配当の額と比較して、現実に本件株式を売却する場合に予想されていた一株当たりの代金額が著しく高額であったこと、控訴人らのみならず、同族株主以外の株主一般について、右のような取扱いがなされていたことなどの事情からすれば、Cが、本件株式を取得した目的は、これを保有することによる配当金の取得にあったものではなく、専らCに相続が生じ、あるいは同人がその子らに本件株式を生前贈与しても、フォーエスキャピタルの株主構成における右のような仕組みから、相続税又は贈与税に係る課税価格の計算上、その価額は時価純資産価額方式により計算した価額より著しく低くなることに着眼し、税額軽減の利益を右承継人に享受させることにあったことは明らかである。葉
(二)(1) そして、Cは、第一エステートの設立に伴い、総出資口数六四口を引き受け、右出資に係る払込金八億円を同社に払い込み、さらに、ハルキヨの設立に伴い、総出資口数八〇口のうち、右第一エステートの出資持分六四口のすべてを現物出資してハルキヨの出資一六口を取得し、さらに、現金三二〇万円を払い込んでハルキヨの出資六四口を取得してハルキヨの総出資口数八〇口を所有することとなったのであるから、結局、八億〇三二〇万円を支払って右八〇口の総出資口数を取得したことに等しいものというべきである。
(2) その後の平成四年八月二〇日、Cは、セムヤーゼからフォーエスキャピタルの本件株式二九四五株を現金五〇〇〇万〇二一〇円(一株当たり一万六九七八円)で取得した。さらに、同年一二月二一日、右八億〇三二〇万円の価格に相当するハルキヨの出資八〇口をフォーエスキャピタルに現物出資し、本件株式三万四二四四株を取得したものであり、これは、実質的には、本件株式を一株当たりの価格二万三四五五円で取得した計算になる。
(3) このように、Cは、本件株式を、一株一万六九七八円ないし二万三四五五円の価格で取得したものであり、他方、Cは、平成六年三月三〇日(本件課税時期)、本件株式を、控訴人Aに対して一万八五九五株、控訴人Bに対して一万八五九四株をそれぞれ贈与した。
そして、控訴人Aは、日本スリーエスに対して、平成八年八月九日、本件株式一万六五九五株を二億八三五九万一九五五円(一株当たり一万七〇八九円)で、控訴人Bは、日本スリーエスに対して、右同日、本件株式一万六五九四株を二億八三五七万四八六六円(一株当たり一万七〇八九円)で譲渡し、また、その後、控訴人らは、日本スリーエスに対して、平成九年五月三一日、それぞれ、本件株式二〇〇〇株を三四一七万八〇〇〇円(一株当たり一万七〇八九円)で譲渡している。
(4) このことは、Cにおいては、本件株式を、一株一万六九七八円ないし二万三四五五円の価格で取得し、Cから贈与を受けた控訴人らにおいては、一株当たり一万七〇八九円で譲渡しているものであって、当時、フォーエスキャピタルは、同社の株式の購入者を募るとともに、株主になった者が同社の株式の売却を希望した場合には、購入希望者がいなくても一定の価額で売却できる旨を表明し、かつ、現に、右本件課税時期の翌日である平成六年三月三一日には、第三者らを引受人として別件発行が行われ、その一株当たりの引受価格は、本件株式の平成六年二月末において純資産価額方式に基づいて計算した金額である一万七一三四円であったことからすれば、本件株式については、約一万七〇〇〇円前後で実際に取引が行われ、価格形成がされていたと認められ、これが、仮に、取引市場があった場合にも、実現されるであろう価格と認めるのが相当である。
(三) これに対し、控訴人らは、本件株式を配当還元方式により、一株を右取引価額のニパーセントにも満たない二〇八円と評価して本件贈与税の申告をしているものであるが、このような評価は、右取引の実際とは著しく乖離し、相続税法二二条にいう「時価」とは到底評価することはできない。
このことは、他面、控訴人らは、Cから時価純資産価額により計算した価額相当の本件株式の贈与を受けながら、これを現金で贈与を受けた場合には約二億一〇〇〇万円の贈与税額を納付しなければならないにもかかわらず、本件株式を配当還元方式で評価した場合の贈与税額は約五〇万円にしかならないことを意味し、本件において、評価基本通達を形式的に適用した場合には、贈与により承継された実質的な経済的利益を基礎として計算される贈与税額に比して著しく低い贈与税額を納付すれば足りることとなる。しかし、このような結果は、評価基本通達が同族株主以外の株主の保有する株式の評価について配当還元方式を採用する上で想定した利益状況とは全く異なるというべきであるし、評価基本通達に定める配当還元方式を適用することは、課税上、実質的な公平を著しく損なう結果になることも明らかであるから、右配当還元方式を本件に適用することは、合理性を欠くといわざるを得ない。
(四) 以上によれば、本件においては、評価基本通達によらないことが相当と認められるような特別の事情があるということができるから、本件株式を評価基本通達を適用しないで評価した点において、本件各処分に違法はない。
また、右に述べたところによれば、本件株式の評価は、当事者間での取引における価格の算定において採用された時価純資産額方式による評価をもって、相続税法二二条の「時価」とすることが相当であることは明らかである。」
二 当審において付加した控訴人らの主張に対する判断
1 本件各処分の平等原則違反及び相続税法二二条違反について
右各主張は、いずれも、結局のところ、本件株式は、同族株主のいる会社の株主のうち、同族株主以外の株主の取得した株式に該当するから、本件各処分においては、このような場合について評価基本通達の定める配当還元方式により評価すべきであるのに、時価純資産価額方式で評価したことの違法をいうものである。
しかしながら、財産の価額の評価に当たっては、特別の定めのある場合を除き、評価基本通達に定める方式によるのが原則ではあるが、評価基本通達によらないことが相当と認められるような特別の事情がある場合には、他の合理的な時価の評価方式によることが許されるものと解するのが相当であること及び本件においては、右配当還元方式によらずに、時価純資産価額方式で評価すべき特別の事情があることについては、既に判示したとおりであるから、右各主張は、いずれも理由がない。
2 課税要件の欠缺(本件贈与契約の錯誤無効)について
本来、財貨の移転を伴う法律行為に対する課税は、右行為の結果に対してなされるものであるから、右課税自体が、右法律行為の要素をなすということはできない。そして、仮に、右行為の結果、当初予定したものよりも重い納税義務が生じることが判明した場合でも、その課税負担が錯誤であるとしあるいはこの錯誤のため合意解約したとして、右法律行為が無効であることを、課税庁に対し、法定申告期間を経過した時点でも主張することができるとすることは、申告納税方式を採用し、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課している我が国の税制の下で、安易に納税義務を免れさせる結果を招くことになり、これによって、納税者間の公平及び租税法律関係の安定を害し、ひいては申告納税方式の破壊につながることになり、このような見地からも、控訴人らの右主張は合理性を欠き、容認できない。
3 過少申告加算税賦課処分の違法
控訴人らの主張するとおり、評価基本通達(一八八、八八―二)においては、本件株式のように、同族株主のいる会社の株主のうち、同族株主以外の株主の取得した株式については、配当還元方式により評価することとされており、本件においても、これに基づく課税処分がなされることを期待することにも、一応の合理性が認められるものというべきである。すなわち、確かに、通達は、一般には、行政機関内部の規律に過ぎず、法規としての性格を有しないとされてはいるものの、これが課税という国民の利害に大きく関係するものであり、かつ、実際の課税実務がこれに依拠して行われ、それが公にされているとの実情からすれば、むしろ単なる行政機関内部の規律としての枠を超え、納税者である国民に対する課税当局の公式な法解釈の表明ないし一般的教示となっているのが実態であるというべきである。
そして、このような状況の下で、仮に、評価基本通達を形式的に適用すれば、不都合を生じるということがあるのであれば、控訴人らが指摘するNTT株式又は公開途上の株式についての例のように、本来、事前に個別通達を出し、あるいは通達の改正を行ない、さらには、法改正によってこれに対処すべきことが求められるものというべきであり、少なくとも、本件においては、評価基本通達六において定められている「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」との方法によるならば、事前に国税庁長官の指示を公表しておくことが相当であり、このような方法によらない本件各処分の対処方法は、課税上の信義則ないしいわゆるアムビギュイティの法理に反するきらいがあるものというべきである。
しかしながら、同時に、本件においては、前示のとおり、Cは、平成四年八月二〇日及び同年一二月二一日に、セムヤーゼから現金によって本件株式を一株一万六九七八円で取得し、フォーエスキャピタルから現物出資によって時価純資産価額一株一万七〇三八円に相当する本件株式を取得し、これから二年も経過しない平成六年三月三〇日に、これを控訴人らに贈与しているものであるから、C及び控訴人らにおいては、右価額で取得した本件株式が、右贈与に際し、本件株式の実質的価額が一株当たり一株一万七〇三八円相当であることを十分に承知しており(現に、本件贈与にかかる税金の申告後の平成八年八月九日及び平成九年五月三一日に、控訴人らは、本件株式を一株当たり一万七〇八九円で売却している。)、課税上、これを極端に下回る二〇八円と評価されるとの異常な事態について、当然その根拠及び税制上これが可能であるかについて確認、調査してしかるべきであるし、もとより税理士を通じてこれらについての説明があったものと推認される。そして、このような調査、確認の結果、評価基本通達が、同族株主のいる会社の株主のうち、同族株主以外の株主の取得した株式について配当還元方式により評価することとしている由縁について、右のような株主である従業員株主等の零細株主においては、持株割合が僅少で会社の事業経営に対する影響力が少なく、ただ単に配当利益を期待する地位にとどまるといった実質等を考慮した評価方法として採用されているものであるにほかならないことを、当然に知り、または知り得べきであったということができる。したがって、このような事情のある控訴人らにとって、本件におけるような相続税法二二条の「時価」の解釈適用が不合理で予想外のものであったとか、本件各処分が不測の課税処分であったとはいいきれず、課税上の信義則違反等の主張をすることは許されないものというべきである。
そうすると、控訴人らの本件申告について、国税通則法六五条四項にいう「正当な理由」があるということはできない。
4 以上によれば、控訴人らの当審における主張も、理由がない。
第四結論
よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 慶田康男 裁判官 梅津和宏)